Bスポット療法(上咽頭炎に対する療法)
Bスポット療法とは、塩化亜鉛という炎症を抑える薬を塗った綿棒を使い、上咽頭という場所に塗り込む治療法です。
上咽頭の場所とその役割
ちょうど鼻と喉の境(鼻の奥の突きあたり)にある、口蓋垂(いわゆる喉ちんこ)の裏側に位置する場所で、子供の頃にアデノイドがあった場所です。
アデノイドは、一般的には小児期に存在するリンパ組織の塊で大人になるにつれて消退する傾向にありますが、アデノイドが消退しても、上咽頭の細胞には免疫細胞(リンパ球)が多く含まれており、小児期には咽頭扁桃として『感染防御の場所』の役割・成人以降は 様々な原因(炎症やアレルギーなど)に反応する『免疫応答の場所』の役割があり、上咽頭そのものが免疫器官の役割を担っているのです。
また、上咽頭の近くには喉の感覚・運動を司る《舌咽神経》や内臓(咽喉頭・気管・心臓・胃・腸など)の働きに関与する《迷走神経》などの神経線維が豊富に通っており、上咽頭に炎症が起こると、これらの神経が刺激されて喉や内臓に症状が現れます。
さらに上咽頭には血管やリンパ管が豊富に張り巡らされていますし、迷走神経は、自律神経(内臓や代謝・体温といった体の機能を24時間コントロールする神経)とも密接につながっているため、上咽頭に炎症が起こると、全身の不調や自律神経調節障害などを認めるようになります。
上咽頭は単なる空気の通り道ではなく、神経系・免疫系・内分泌系に影響を及ぼす、全身の健康の土台を担う重要部位となっているのです。
上咽頭炎
上咽頭は、呼吸により鼻から入ってきた空気に触れやすく、空気中にある微生物【ウイルス・細菌・真菌(カビ)】やホコリなどが付着しやすい場所で、健康な方でも軽い炎症(生理的炎症)があることが分かっています。
風邪など様々な原因により起きた急性炎症の状態(急性上咽頭炎)が落ち着いても、上咽頭の炎症が遷延し慢性化して免疫反応が高ぶる状態が残る慢性上咽頭炎の状態になると、喉の症状だけでなく、全身に多彩な症状を呈するようになります。
上咽頭炎の原因
●細菌やウイルス感染
細菌やウイルスに感染すると、まず上咽頭の急性炎症を引き起こしますが殆どがそのまま治ります(急性上咽頭炎)。しかし、細菌やウイルスの感染を繰り返したり何らかの理由で炎症が遷延すると、慢性上咽頭炎の状態に陥ります。
●疲労・ストレス、体の冷え(特に首の冷え)
自律神経の働きが乱れ、常に交感神経(全身の活動力を高める神経)ばかりが優位になることで免疫機能が正常に働かなくなり、上咽頭炎を悪化させます。
●乾燥
乾燥により、上咽頭の潤いが足りなくなると空気中の微生物やほこりなどが付着しやすくなることで上咽頭炎が起こりやすくなります。
●鼻づまりや後鼻漏を起こす病気(アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎など)
本来、鼻から呼吸できている状態にあると、鼻腔の加湿機能によって鼻呼吸で空気が加湿されて上咽頭に届けられます。しかし、鼻づまりを起こす病気があると、上咽頭に加湿された空気が届けられにくくなりますし、口呼吸を助長することで口から入った乾燥した空気の一部がそのまま上咽頭に流れ込むことで、より上咽頭は乾燥するため上咽頭炎が引き起こりやすくなります。
また、鼻水・鼻汁が喉に落ちてくることを後鼻漏といいますが、後鼻漏に含まれる成分が上咽頭を傷めることで上咽頭炎を引き起こす可能性があると考えられています。
●逆流性食道炎による影響
胃酸が上咽頭まで逆流してきた場合、上咽頭炎は悪化しやすくなります。
上咽頭炎の症状
●上咽頭炎による症状
鼻と喉の間の痛みや違和感、乾燥感が起こります。人によっては、上顎の痛みや違和感などを訴えることもあります。また上咽頭が炎症を起こすことで、異臭や悪臭を感じます。 上咽頭は発声にも関連し、上咽頭炎により声の出しにくさ(特にナ行の発声)も起こりうることがあります。
●後鼻漏から起こる症状
上咽頭の炎症により、上咽頭からの粘液(痰)分泌が通常よりも増加して、喉の下に降りてきます。これも広い意味で後鼻漏ということになります。後鼻漏の増加により、痰がらみ感や咳払いが増えてきます。粘性のある後鼻漏になると、喉の詰まり感や喉の痰のへばりつき感、声のだしづらさを認めます。膿性の後鼻漏になると、鼻の奥の異臭や悪臭を強く感じるようになることがあります。
●上咽頭炎に伴う関連痛(痛みの原因となる部位とは別の部位に感じる痛みのこと)
特徴的な症状は耳の下の痛み(上咽頭と同じ高さに位置する耳下部のリンパ節が炎症を起こすため)です。その他、上咽頭以外の喉の痛み・首のこり・肩こり・頭痛・頭重感など がみられます。
●上咽頭炎による耳の病気
上咽頭と耳とは、耳管という管でつながっています。上咽頭炎により耳管咽頭口(耳管の上咽頭側の出口)付近の粘膜や筋肉などに障害が起こると、耳管機能不全(耳管狭窄症や耳管開放症)を引き起こし、耳閉感(耳が詰まった感じ)・耳鳴・難聴症状を起こすことがあります。
●上咽頭炎による自律神経調節障害
上咽頭には神経線維が豊富で迷走神経が通っており、迷走神経に含まれる副交感神経は自律神経の一部であるため、上咽頭炎により自律神経調節障害が引き起こされて、様々な症状が現れます。
自律神経調節障害による症状:全身倦怠感・めまい・睡眠障害(不眠・過眠)・起立性調節障害・記憶力/集中力の低下・過敏性腸症候群(下痢・腹痛など)・機能性胃腸症(胃もたれ、胃痛など)・むずむず脚症候群・慢性疲労症候群・繊維筋痛症など
●上咽頭炎による病巣感染症
上咽頭の慢性炎症が『病巣』となり、病巣のリンパ球の活性化によって産生された抗体や炎症反応を促進させるサイトカイン(細胞間の情報伝達を担う、免疫細胞から分泌されるたんぱく質)が全身の血管を流れることで、離れた部位(腎臓や関節・皮膚など)に病気を起こすことが知られており、これを病巣感染症といいます。病巣感染症として代表的なものは、
腎臓:IgA腎症・ネフローゼ症候群
関節:関節炎・一部の慢性関節リウマチ・胸肋鎖骨過形成症
皮膚:掌蹠膿疱症・尋常性乾癬・慢性湿疹・アトピー性皮膚炎・アレルギー性紫斑病
などが挙げられます。
尚、病巣感染症を起こす慢性炎症の病気として、上咽頭炎以外に、慢性扁桃炎・慢性副鼻腔炎・慢性中耳炎・歯周病・齲歯(虫歯)・胆嚢炎・虫垂炎などが知られています。
上咽頭炎の診断・検査
●問診
症状の確認を行います。特に耳下部をグリグリ押すと痛みが出るようであれば、上咽頭の可能性を強く疑います(耳下部にあるリンパ節が炎症を起こしていることが多いため)。
●鼻咽腔の観察
上咽頭は口をあけても見えない部分にあるため、鼻咽腔内視鏡検査(電子ファイバースコープ)が必要です。典型的には、上咽頭の粘膜が赤く腫れ、上咽頭に粘液(痰)が付着している所見が見られますが、一見正常に見えることも多くあります。このような際に内視鏡のNBI(狭帯域光観察)で観察を行うと、通常は粘膜下の静脈が透見されるのに対して、慢性上咽頭炎では粘膜下・浮腫により静脈が不鮮明となりしばしば点状出血を認めることで診断がつきます。
●上咽頭の擦過処置による易出血
治療の項で述べますが、上咽頭に綿棒で1%塩化亜鉛という薬液塗布(Bスポット療法)を行った際、痛みを感じるなおかつ容易に出血する場合は上咽頭炎と診断されます。(上咽頭炎の項でも述べたように、健康な方でも上咽頭には生理的炎症が起きているため、Bスポット療法を行うと多少しみる感じがすることはありますが、出血を認めることはほぼありません。)
上咽頭炎の治療
◎保存的療法
1.Bスポット療法(上咽頭擦過療法:EAT)
1%塩化亜鉛という薬液を上咽頭に塗布する治療です。塩化亜鉛による直接的な消炎効果はもちろんのこと、上咽頭は免疫機能の要所であるため、Bスポット療法で刺激することで 様々な症状や病巣感染症などの改善が報告されています。
また、上咽頭を擦過(こする)する刺激で血流やリンパ流が改善したり、迷走神経を刺激することで自律神経機能も改善すると考えられています。最近はEAT(上咽頭擦過療法)とも呼ばれています。
治療期間 |
各症状の重症度合いや罹病期間などによって異なるので一概に言えませんが、慢性上咽頭炎の場合は、通常週1~2回治療で、合計10~15回程度(約2,3か月)を目安に行います。(急性上咽頭炎であれば、1回の治療で症状改善することもあります。) |
対象 |
特に年齢制限はありませんが、小学生以下のお子さんについては処置に恐怖心を抱きやすいことがあるため、一般的に13歳以上(中学生)が好ましいとされています。 Bスポット療法は上咽頭の局所治療なので妊娠中・授乳中の方でもお受けいただけます。 |
方法 |
鼻腔に麻酔液の入った薬剤を噴霧した後に、1%塩化亜鉛が付いた綿棒を鼻腔に挿入し、上咽頭全体に塗布・擦過(こする)します。擦過後、30秒~1分ほど放置し、その後抜きます。場合によっては口の中から1%塩化亜鉛が付いた綿棒を挿入して、上咽頭全体に塗布・擦過(こする)こともあります。 |
注意点 |
1.上咽頭の炎症が強い方ほどしみるため、大変痛みを感じやすい治療です。痛みが数時間~まれに翌日まで持続する事がありますが、痛みは1%塩化亜鉛が効いている証拠なので、我慢できない場合は鎮痛剤を内服の上、治療継続していくことをお勧め致します。
2.Bスポット療法では最初の頃は強い痛みや出血が見られますが、炎症がおさまっていくにつれて、1%塩化亜鉛を塗布・擦過(こする)後の痛みや出血は軽減していきます。
3.治療後に血の混ざった痰や鼻水を認めたり、一時的に症状(頭痛、皮膚のかゆみ、倦怠感など)の増悪を生じることがありますが、基本的には時間の経過とともに症状は治まりますので経過を観察していただいて大丈夫です。
4.様々な症状に効果があると言われているBスポット療法ですが、もちろん万能の治療法ではありません。なぜ有効であるかのメカニズムもはっきりしていないところがあるため、あくまでも補助的な治療法です。平行して行う薬剤投与やネブライザー治療などの加療を継続していくことももちろん大事です。 |
2.薬物療法
上咽頭の炎症や症状の軽減のため、粘膜改善薬/去痰薬・抗炎症薬・抗生物質(細菌感染を疑った場合)などの内服薬や鼻噴霧用ステロイド薬(鼻うがい施行後が良)の投薬を行います。またBスポット療法施行後に強い痛みや出血を認めた場合は、経口ステロイドによる治療(4日~6日間ほど)を併用することがあります。
3.ネブライザー治療
上咽頭の炎症を抑える効果が期待できます。受診された際には、Bスポット療法後にネブライザー治療を行うとより効果的です。
4.自宅でできるケア
上咽頭の炎症の悪化を防いだり、慢性化しないようにするために喉の粘膜乾燥や体の冷え(特に首の冷え)を防ぐことが重要です。
喉の粘膜乾燥に対するケア
➡➡喉の粘膜の乾燥により、微生物やウイルスや細菌などの微生物やほこりなどが付着しやすくなり、炎症を助長する要因となります。
- 喉の粘膜の乾燥を防ぐため、まずこまめな水分補給(カフェインを含まない水や麦茶などが良)が重要です。
- 夏はクーラーを下げ過ぎないように、冬は加湿器を使用して、部屋の湿度を50~60%に保つようにしましょう。
- 口呼吸は喉を乾燥する要因になるため鼻呼吸を行うことが大切です。 鼻づまりの原因になるような病気(鼻炎や副鼻腔炎など)があればその治療も並行して行う必要があります。鼻づまりはないけども睡眠中に口呼吸になりやすい場合は、ドラッグストアなどで販売されているマウステープが有効です。
- 鼻洗浄(鼻うがい)は、上咽頭粘膜の乾燥を防いだり、炎症の原因となる微生物やほこりなどを洗い流すのに効果的です。
鼻洗浄(鼻うがい)について
①鼻洗浄するための溶液を準備します。
○0.9%前後の生理食塩水を作成→水1ℓ(温度は体温と同じ36~38度前後が良)に対して、9gの食塩を入れて溶かします。
※水は蒸留塩素が含まれている水道水ではなく、一度沸騰させた水や蒸留水・精製水が望ましいですが、ミネラルウオーターでも可能です。
➡➡使用時は、少量の生理食塩水を鼻にスポイドなどの容器を使って洗浄します。
片鼻20mlずつでも十分です。
○市販の鼻洗浄液を使用→小林製薬から出ているハナノアaをお勧めします。
➡➡ハナノアa使用時に処方するアズレンうがい液を2,3滴滴下して洗浄します。
②洗面所で行うか、洗面器を用意して行って下さい。
③さん鼻にノズルをあて、前かがみの状態からやや上を向き(60°くらい)、「エー」と声を出しながら鼻洗浄液を鼻に流し込んで洗浄します。 洗浄液は入れた鼻かもう片方の鼻、口から出てきます。無理に口から出す必要はありません。
④両鼻を交互に洗浄します。
※使用回数は1日2~3回をお勧めします。やりすぎは鼻の粘膜を傷つける可能性があるので注意してください。
体の冷え(特に首の冷え)に対するケア
➡➡体の冷え(特に首の冷え)により、自律神経のバランスが悪くなり、免疫力の低下にもつながります。 首の後ろの下半分あたりを温めると、上咽頭周辺の血液やリンパの流れが改善されます。ドライヤーの温風や温湿布、蒸しタオルなどで温めたり、外出時はネックウオーマーやストールなどを活用して、首の後ろが冷えないように心がけましょう。